2013/10/17 作成

アプトいちしろ駅



山深い谷底に珍しく“鉄分の濃い”駅があった

        

アプト区間専用のED90形電気機関車が常駐している       アプト区間が始まる歯車噛みあわせ箇所


        

専用機関車の連結/解放のため10分ほど停車する        90‰(パーミル)におよぶ急勾配を克服する特殊な軌道


     訪問日記   2011年10月22日 訪問

  ここは大井川鐡道・井川線の“アプトいちしろ駅”。ここから山上の長島ダム駅まで90‰(パーミル)におよぶ急こう配を日本で唯一のアプト式区間で走破する。
 アプト式を簡単に解説すると、通常2本のレールの間に歯形の付いた“ラックレール”が敷かれ、機関車側の歯車をかみ合わせながら、空転(スリップ)を防いで
 登り降りできるシステムだ。このアプトという名は、スイス人の機械技術者“カール・ローマン・アプト(Carl Roman Abt、1850年 - 1933年)”に由来する。彼が18
 82(明治15)年にパリで在職中、常に1枚の歯車がラックレールと噛み合っているラック式の鉄道を設計し、特許を取得した。その後、複数の歯車を組み合わせ
 る方式へ進化し、スイスをはじめとする世界の登山鉄道で使われる方式となった。同線では互いに位相をずらした3枚の歯車とラックレールを採用している。

 わが国では過去、国鉄・信越本線の横川ー軽井沢間(1997年廃止)が旧線区間において、1893(明治26)年〜1963(昭和38)年までアプト式を採用していた。
 この大井川鐡道・井川線は、長島ダムの建設に伴い線路がダム湖に水没するため、線路を付け替える事態が生じた。元はなだらかに坂を登っていたが、付け
 替え後の新線は、わずかな距離で一気にダムの堤体(109m)以上に登らなくてはならなくなった。もはや普通鉄道での限界を越え、あまりのコスト高に一時は
 廃線も検討された。そこで周辺地域の利便性だけではなく、豊かな自然を観光誘致に利用する活性化へ議論が進んだ。幸いなことにダム建設の補償により、
 井川線は“南アルプスあぷとライン”として建設されることが決定。1990(平成2)年10月2日、国内においてアプト式鉄道が27年ぶりに復活したのである。

 ここでは列車後部に専用の電気機関車を連結/解放するため10分ほど停車する。列車を降りて作業を見守る乗客も多い。駅構内にはアプト区間専用機関車の
 車庫があり係員もいる。このような状況で“秘境駅”と呼ぶことは苦しいが、駅は深い谷底にあり、周りに人家は一切ない。おまけに県道から薄暗い急坂の道を
 下って行った辺鄙なところだ。もはや定期乗降客は皆無であることは容易に想像が付く。ここは、アプト式専用機関車の連結・解放だけに存在する極めて特殊
 な駅である。