2009/1/26 作成

下沼駅



痛んだ塗装が厳しい自然を物語る。 木造駅舎ではないが、既に宗谷本線の顔となって久しい。

    

傾いた駅名標。 吹き付ける風雪を一身に受けてきた。   大雪のなか、貨車待合が凍えながら建つ。   誰も来ない駅のホーム。ここの新雪は私がもらった!


    訪問日記  2009年1月17日 訪問

  この駅は宗谷本線のなかでもかなりマイナーな駅といえよう。隣同士を特急停車駅の幌延と豊富に挟まれ、互いの街外れに忘れ去られたかのように佇んでいる。それだけに
 周囲に人家は少なく、1軒の寺の他は3軒ほどしかない。寺にとっても檀家が少なすぎて成り立たないのでは?と余計な心配をしてしまうほどだ。今回ここに訪れたのが積雪期で
 あるため、普段の姿は見られないが、周辺は牧草地が広がりとても長閑な風景のはず。ここから歩いて10分ほどの所に名山台展望台があり、ここでは利尻富士・日本海・サロ
 ベツ原野の広大な景観が一望できる。そして、駅前の道路を30分ほど歩くと“パンケ沼”がある。これはアイヌ語の“パンケ・トウ(下流にある沼の意)”で駅名の由来になっている。

 駅の構造は一面一線の片側ホーム。古い木造駅舎は失われて久しく、待合室は貨物列車の最後尾に連結されていた車掌車をリサイクルで使っている。このような使用形態は
 北海道の各路線に多いが、一時期デザイン意識の低い方々が寄り集まって、統一感無く塗られた“残念な車体”が増えてしまった。しかし、この車体はシンプルなデザインで風景
 との調和に配慮した清廉さを持ち合わせている。また、錆びてひび割れた塗装も風格を醸し出しており、ここを訪れる者の心に響く。私は古い木造駅舎が大好きだが、このカラー
 の貨車待合も気に入っている。ただ、このまま朽ち果てて行くのは忍びなく、同じ塗装に塗りなおして延命措置を願いたいと思うこの頃だ。一方、その内部は地元の方によって
 様々な装飾が施されいる。周辺の観光案内も手作りの地図が貼られ、ここを訪れる者の情報源となるうえに、心も和ませるものであった。
 
 さて、今回やって来たのは永年の思い入れがあったからだ。今からおよそ8年前の2000年の暮れ、ここから幌延方向へ1.6kmの所にあった“南下沼駅”を訪問した。国鉄時代の
 仮乗降場に多い簡素な板切れホームに古くて狭い待合室を持ち、周囲に牧場が2軒しかない一流の秘境駅であった。当時、そちらの訪問ばかりに気を取られ、すぐ隣のここは、
 おざなりになっていた。そして歳月は流れ、その南下沼駅は利用者僅少のために、2006年3月18日のダイヤ改正にて廃駅になってしまったのである。そうなるとやはり気になって
 くるのが“お隣さん”。一体どんなところなのだろう?

  当日の早朝、北剣淵駅を訪問した後に、普通列車で名寄まで乗車後、特急「スーパー宗谷1号」に乗り換えた。さすがに特急は速い。途中にある小さな板切れホームの小駅な
 どあっという間に通過して行く。そして豊富駅で下車し、ここから駅前のタクシーの営業所から“タクる”ことにした。その行程およそ9kmで料金は2920円…。それでも、少ない休日
 を効率よく周るには致し方ない。いや、その金額を投じても私には思い入れのある場所なのだ。しかし、そんな駅が全国に200駅もあるんだから、我ながら呆れてしまう。乗車した
 タクシーの運転士さんは大のSL好きだそう。何でもお父さんが機関区に勤めていたこともあって幼少の頃から馴染んでいるとのこと。自宅に本物の蒸気で動くミニチュアモデルを
 制作しているほど凝っているそうだ。互いに趣味人とはこうして散財する人生を歩むのだろうか。大雪の中、暖かい車内に慣れた体に寒気が襲う。それでも気持ちが昂ぶってい
 るせいか、苦痛には感じない。ここも撮りたい、あそこも撮りたい、しかし無闇に歩けば足跡が増える。奇妙な悩みとともに、雪と戯れる時間が淡々と過ぎて行った。