2002/01/13 作成

守内かさ神駅



錦川鉄道 “守内かさ神駅” 駅前には、セメント工場とその経営者らしき人家しか見当たらず、何のために駅を作ったのだろう?

    

この不思議な名称の由来は、近くにある「かさ神様」から来ているようだ。       駅前はひっそりと静まり返っている

  訪問日記  2001年12月16日 訪問

  まず、この駅の存在は実にマイナーといえよう。もっとも駅のある“錦川鉄道”も、旧国鉄・岩日線が第2次特定地方交通線という廃止対象路線であったが、地元の関係自治体の
 ほか地元企業などの出資によって第3セクター化され、辛うじて廃止の憂き目に遭わずに済んでいる。国鉄時代には終点の“錦町駅”から先へ遥か彼方の山向こうにある、山口線
 の日原駅までの延伸計画があった。旧路線名に付けられた「日」の由来である。一部区間は建設されたが、結局、線路は繋がることなく、そのまま放置されてしまった。今では未
 成線の遺構が残るのみだ。そんな路線にあって、この“守内かさ神駅”は平成5年3月18日という近年に開業した駅だ。名称から観光的要素の強い駅を連想させるが、そんな一途
 な想いをあざ笑うかのように駅前は殺伐としている。うず高く詰まれた砂利の山にコンクリート工場…。近くに“さか神様”というお肌のトラブルにご利益のある神社(祠)があると聞い
 ているので、これがく駅名の由来であろう。

 さて、今回この駅へは自宅のある広島県の西条より車でドライブがてらやって来た。 まず地元の西条I.Cからは一路西へ向けて山陽道をひた走ること約1時間で岩国I.Cを降り、
 そのまま国道2号線、187号線へと進んで対岸を走るこの鉄道路線に沿って上流へと向かった。途中で“南桑”、“根笠”、“柳瀬”と調査を進めて行くが、秘境駅として取り上げられ
 る駅は無かった。こうして終点の錦町に呆気なく到着してしまい、もう引き返すしか手段が無くなってしまった。実は当初、道路地図ばかりに気を取られていたので、何となく道沿い
 に進んでしまった結果からこのようになってしまったのであるが、このまま引き下がってしまっては“秘境駅訪問家”としての名が廃る。そこで何気なく開いた大型時刻表のさくいん
 地図。そこに見知らぬ駅を発見!なんと手持ちの道路地図には全く載っておらず危うく見逃すところであった。 

 沸き起こる好奇心に駆られて、錦川を渡る沈下橋(大水の時は水没するため通行できない)を渡り、夕暮れ時にようやくこの駅へたどり付いた。 もっともこの時点では秘境駅とし
 ての期待は無かったが、来て見てビックリ。なんと7〜8軒ある人家から少し離れ、駅前にはいきなり不粋な(失礼)コンクリート工場が有るだけなのだ。背後には鬱蒼とした林が視
 界を遮り、ただでさえ薄暗い雰囲気を不気味に演出するかのようだ。待合室といえるものは無く、雨よけの庇の下に申し訳け程度のベンチが据え付けてあるだけ。恐らく、このよ
 うな駅を訪問するためにやって来る人は私以外には存在しないだろうと、ひとり悦に入る。しばらく周囲を撮影していたが、結局誰も現れず、実に静かな夕暮れの一時を過ごして
 いた。 さあ、そろそろ家に帰ろうか? 夕闇迫る国道をひた走りながら、「まだまだ見知らぬ秘境駅が、こうして私の訪問を待っているのだな〜」と、つくづく思った。これだから秘
 境駅訪問は止められない。