2000/7/1 作成

宗太郎駅



日豊本線の“宗太郎駅”  付近は深い山中に有り、人家も少ない

      

  
最終列車の交換待ちで17分停車の間に周囲を散策する    駅の時刻表は上下 5本/日だけ    電柱の駅名標に「味」がでている

   訪問日記  1999年8月6日 訪問

  今回の旅は青春18きっぷを使って遥々九州にやって来た。夜行快速“ムーンライト九州”の終着・博多から、久大本線の客車列車を乗り継ぎ、日豊本線の閑散線区となる佐伯
 〜延岡へ歩みを進めた。当初の計画では18きっぷを使い、宿代を節約するために“駅寝”を予定していた。しかし、“九州グリーン豪遊券”という、3日間に特急列車のグリーン車
 が乗り放題という、スペシャルチケット使うことに急遽変更。食費を削るほどの大散財だが、特急列車のグリーン車を宿に出来るという誘惑には勝てなかった。こうして、宗太郎駅
 に駅寝する計画を破棄し、南宮崎始発の上り夜行特急“ドリームにちりん号”を宿にした。佐伯から475系3連の普通列車に乗り、一路南下しながら南宮崎へ“ドリームにちりん”を
 迎えに行く。すっかり日が暮れ、他に乗客が居ないことを良いことに、窓を開けて湿った夜風を全身に浴びる。漆黒の闇の中、直見、直川、重岡と、ますます山深い地域に突入し
 て行った。途中の川原石信号場で廃止間近の寝台特急“彗星”と交換し、やがて注目すべき“宗太郎駅”に到着。当初は全く降りる予定は無かったが、対向列車の待ち合わせに
 より、17分も停車してくれるというではないか!

 棚からボタ餅とは良く言ったものだ。喜び勇んで、闇夜の駅構内を探検する。湿った生ぬるい空気のなかを歩きまわるが、駅舎が解体されて跡形も無くなっていた。付近は人家
 が2〜3軒確認できたし、国道にも近いようだった。だが、ここに停車する列車は一日あたり5往復※だけで、不便なことには変わりない。電車は時折コンプレッサーの作動音を発
 し、辺りにコダマさせている。しばらくして対向する電車がやって来た。急いで列車へ戻ろう!私が乗って直ぐにドアが閉まった。次回訪れる時は、明るい時にゆっくり訪問してみ
 たいと思いながら、ゆっくりと山間の駅を後にした。 ※2012年現在 一日あたり僅か3往復に減少しました。キハ200気動車が一両で運行されています。  

       

宗太郎駅 全景 山深い地形にひっそりと佇んでいる       待合所は下りホームのみ ベンチの端に駅ノートが見える

      

何故か改札口跡の鉄柵がアバラ骨のように残っている        下りホームにはなんと「池」がある。 中にはイモリが生息!

   訪問日記   2000年5月8日 訪問

 
 前回の九州秘境駅訪問旅では、この駅の訪問は叶わわず、17分間の停車時間を利用した観察だけに留まっていた。更に当時は夜間のため、周囲の状況がいま一つ判ら
 ないままであることを思い出した。ささやかな疑問を解消するため、延岡から宮崎方面へ特急で向かう予定を変更し、反対方向の“宗太郎駅”へ往復する訪問プランを即席で
 作った。475系普通列車は、相変わらず往年の急行型電車の雰囲気と乗り心地を提供してくれる。前回の旅と同様、乗客が少ないこともあり、窓を開けて自然の空気を取り込
 む。やがて列車は、ゆっくりとポイントを渡り、宗太郎駅へ静かに停車した。大方の予想通り私だけが降り、乗ってくる人も居ない。跨線橋に上がって辺りを眺めてみると、全く
 の山の中だが人家は7〜8軒程度は確認できた。しかし、半数程度は廃屋の様相を呈している。

 前回の観察時には気が付かなかったが、下り線のホームには池があって、イモリが泳いでいた。また、駅の建設にあたって功績の有った人の碑も発見。さらに雨よけ程度の
 待合所には“駅ノート”もあって、私も一筆記すことにした。何を書いたのかは忘れてしまったが、ノートから顔を上げると小鳥の囀りだけが聞こえるという、実に心地良い時間
 が流れていた。