2008/8/20  作成

有家駅

    

 眼下に太平洋一望するこの駅は、絶え間なく潮騒が響き渡る   駅寝の朝、一番列車が迎えにやってきた   “有家”という名は皮肉なもので、周囲に人家は数少ない

  
  訪問日記
   2004年3月6日〜7日 駅寝訪問

  ここは八戸線でも太平洋を一望する素晴らしいロケーションにあり、海岸から一段上がった丘にポツンと佇んでいる。周囲に見える人家は3軒ほどで、主要道からも遠く離れ、
 実に閑静な場所だ。静けさを際立たせているのは、絶え間なく打ち寄せる潮騒の音で、海岸線一帯を席巻するかのように響き渡る。大きな波音が示すとおり、ここは高波が来る
 らしく、サーフィンを楽しむ人々が集まるスポットになっている。しかし、名前とは裏腹に周囲に人家は少なく、あまり生活観は感じられない。駅そのものは一面一線の単純なもの
 だが、ホーム上の待合室は割りと大きめでピッタリと締め切りも出来る。更に幅の広い造り付けの椅子も備えられており、なかなか居住性が良い。リーズナブルに旅行をしたい
 人には快適な一夜が約束されるであろう。

 今回の旅は青春18きっぷ一枚で遥々広島の地からやってきた。道中、北陸・信越本線周りで日本海側を辿るが、福井〜新津間は別途で乗車券と急行券を買い、583系電車の
 急行“きたぐに”の自由席で一夜を明かした。そして羽越本線の坂町から米坂線で米沢へ抜け、そこから奥羽本線で北上。途中の“大張野駅”で再び一夜を明かすことになった。
 外は既に大雪が積もっていたが、旅心は風景とうって変わって激しく高揚していた。前もって新庄駅に併設されたコンビ二で仕入れた弁当を貪り食うと、バルブ撮影のためにカメ
 ラを持ってホームに駆け出してしまう始末であった。こうして慌しい一夜を過ごし、翌朝の701系電車で“鯉川駅”で下車していく。人家も少なく薄暗い林の中、銀色に輝く不粋なカ
 プセル駅舎がいぶし銀の迫力を醸し出している。やはり秘境駅訪問は、その都度新たな発見があること、さらに自らへメッセージを発しているかのようで、私にとって楽しくて仕方
 のないひと時になっている。一般的には到底理解出来かねることだが、やはり変人の生き方というものは、かように奥深きものと実感する。

 こうして奥羽本線を終点の青森ま乗り尽くし、この八戸線の起点である八戸駅まで一気に太平洋側へ出た。小春日和の陽気が漂っていた関東以南では考えられなかった日本海
 側の雪景色が、反対の太平洋側になると雪はなくなり、辺り一面生暖かい空気に包まれる。同じ県内でこれほど気候が変わるとは、その変貌ぶりに驚きを禁じ得ない。こうして
 夕暮れで時この有家駅に到着した。乗って来た列車はエンジン音を高め、赤いテールランプを左カーブに流しながら、やがて闇の中に消えて行った。後に残されたのは、海岸に
 響き渡る波音だけ。これは当然ながら何時まで経っても繰り返される。真っ暗な待合室に入ると波音は低いどよめきに変わり、耳の奥底にこびり付くのであった。やがて辺りの
 暗さに目が慣れてくると、明り取りの壁ガラスに、ほのかな月明かりが差込んで来るのが見える。今日一日の疲れか、それとも明らかに世間離れしてしまった自らの所業なのか、
 ひとつ大きな溜息を吐き出させたのであった。