「私と秘境駅」

  秘境とは、「外部の人が足を踏み入れたことのない場所」という意味であり、本来鉄道の駅にそのような場所など
 あるはずはない。
駅とは、街の中心にあり、多くの人々が利用する交通の要衝だと思われる方が多いことだろう。
 しかし、断崖絶壁、深い山中、無人の原野・・… このように、およそ人がたどり着けない駅を、「秘境駅」と呼んで
 いる。私が始めて出合った秘境駅は、山田線の"大志田駅"と"浅岸駅"だった。1997年8月20日、東北地方の
 林道ツーリングのとき、偶然立ち寄ったことに始まる。当時はオフロードバイクで全国の林道を駆け巡ることに没頭
 していたため、その時には、「何でこんな山奥に駅があるのだろう?」という一般的な反応でしかなかった。

 その後、移動手段をオートバイから鉄道へと切り替え、JR路線の完乗を目指す旅を続けていた。しかし、何だか
 心が満たされない。ありのまま大自然、野生の薫り…。私が求めていた旅とは明らかに違っていた。そんなある日、
 周囲に人家はおろか、外部からの道路さえも無い駅があることを知る。あの時、バイクで訪れていた駅がそれだ!
 冒険心、好奇心、その全てが弾け飛び、このような駅を夢中になって調べ上げた。
 こうして居ても立ってもいられなくなった私は、1999年10月5日、飯田線の"小和田駅"に最終列車で訪れた。
 そこは正しく深山幽谷の駅だった。暗闇の中へ過ぎ去る列車を、轟音と共に赤いテールランプを見送った時の
 孤独感に、一抹の寂しさを感じた反面、ゆったりとした時の流れに自身を委ねられる幸福感を覚えたのだ。

 溢れかえるほどの大自然のなか、雑多の日常で忘れ去られた人間本来の持つ心の豊かさ、若き日に過ごした
 懐かしい記憶。それらを取り戻すことの出来る空間が、そこにはあった。以降、私は秘境駅を訪問する旅に没頭
 していく。そんな旅を続けてもうすぐ10年。私の愛した秘境駅たちと再会するため、いつまでも旅を続けて行きたい。

                                            2009年6月12日  秘境駅訪問家 牛山隆信