09/09/16 作成

日本最長鈍行 “2429D” 乗車記  Vol.3

  ここで長距離鈍行について、30年ほど遡った歴史と、私の乗車経験を書いてみよう。まず有名なのが、1984年2月の改正で消滅した“824レ”
 (機関車牽引の客車列車)であろう。その列車は門司→福知山の595.1kmという、とてつもない距離を18時間31分もかけて走っていた、伝説の
 鈍行列車である。早朝5:20に門司を発車して関門トンネルを潜り、山陰本線の海沿い区間を総ナメにした後、終点の福知山へ23:51に着くと
 いう、今ではとても考えられない列車であった。残念ながら乗車した経験は無いが、運行されていた時に山陰を旅行している。当時の記録を
 見ると、1978年8月28日に浜田から東京へ寝台特急「出雲」に乗車しており、その列車を由良駅で追い抜いていることが解った。さすがに小学
 6年生だったので、このような列車に一人で乗車することは叶わなかったが、高校生の頃までは運行されていたので、無理をしてでも乗ってくれ
 ば良かったと後悔している。

 他にも長距離鈍行は全国各地に数多く走っていた。“824レ”の下り版となる“831レ”は、豊岡→門司の535.2kmを17時間48分をかけて走った。
 また、紀勢本線には名古屋〜天王寺の502.1kmを、下り921レは13時間41分、上り924レは13時間59分もかけた長距離鈍行があり、新宮〜天
 王寺では、B寝台車を連結していたため、「はやたま」の愛称を持っていた。そして、北海道では、釧路〜小樽間の428.7kmを走った下り423レは
 12時間1分、上り424レは11時間42分をかけて走り、同じくB寝台車を連結したため、「からまつ」という愛称が着いていた。

 ちなみに私は1977年8月7日、この上り“424レ”「からまつ」のB寝台に乗ったことがある(写真の切符が乗車記念)。今は無き10系客車で、
 3段式のうえ、寝台幅はわずか52cmしかなかった。今走っているブルートレインのB寝台でも2段式で、寝台幅は70cmであるから、子供の体で
 あっても狭かった記憶がある。また、座席車もオハ61系客車は、背もたれのクッションが無く、板張りの状態。SLの煤煙から開放されたとしても、
 車内はとても混雑しており、とかく昔の列車旅は苦労したものである。しかし、その後の長距離鈍行は客車列車の衰退とともに減少の一途を
 辿って行く。廃止される理由には、車両運用の効率化、乗客の特急列車への誘導、乗務員の労働条件改善など、様々なことが考えられる。
 しかし、こうして旅情を感じられる列車が無くなって行くのはとても寂しいことだ。そして現在、この“2429D”は気動車化されているとはいえ、
 最後の牙城を守っている貴重な列車と言えよう。

   

 
乗車記念として家宝並みの扱いである。   芽室では3分停車の間に特急とかち6号と列車交換。   JR貨物・帯広駅で一旦停車。もちろんドアは開かない。

 だいぶ、前置きが長くなってしまった。申し訳ない。早速2429Dのレポートに戻ろう。上芽室信号場で浦幌からの2434Dと列車交換、そして芽室駅
 では特急とかち6号と交換する。この特急、10月の改正で「スーパーとかち」となり、新鋭キハ261系が使用される予定なので最後の姿を焼き付け
 ておこう。こうして徐々に帯広市の市街地に入って行く。西帯広を過ぎると線路が増え、大きな貨物ターミナル駅が広がった。建物の傍らに駅名標
 を見つけた。次は釧路の手前にある新富士駅か、凄い…。

 
  
 
 帯広駅の新しく綺麗な駅舎。ホームは高架にある。  にじます寿司はこれだけで700円するが、実に美味い逸品。  帯広では31分停車。到着から3分後に発車する2549D。

 13時51分、定刻通り帯広に着いた。ここでは31分も停車する。やる気あんのか!? っと、怒り出す人は、3分後に発車する同方向の池田行き
 “2549D”に乗車されたし。実はそれに乗っても、池田より先にへは、この2429Dのお世話になるしか無いのだ。暖簾に腕押しのような状態だが、
 唯一、通過列車の多い“秘境駅・稲士別”に停車するため、停車中に観察したい方はそちらに乗ると良いだろう。これがVol.2の最後に書いた
 答えで、こうして日常の利用者の大半は、ここで降りてしまうのだ。お腹の空いた私は、追加のビール(またかよ…)と、つまみを仕入れに一旦
 改札の外に出た。最初、有名店の“ぱんちょう”に行って、豚丼を買おうとしたが、富良野でカツサンドを食べた罰が当たって食指が伸びない。
 売店の前で散々迷った挙句、にじます寿司(700円)をゲット。それが中々の美味で、500mlのラガーと一緒に少しばかり遅い昼飯となった。

   

 
下り4本上り3本しか停車しない秘境駅・稲士別を慌てて激写。  ホームに小さな灯篭のあった幕別で特急スーパーおおぞら10号と列車交換。  そんなに急いで何処へ行く…。

 到着から31分経った14時22分、定刻に帯広を発車。買い物に行っている間に、後続の特急スーパーおおぞら5号に抜かれ、釧路へ向けてノンビリと
 走る。先ほどの“にじます寿司”は既に平らげ、ビールを飲んでいたところ、稲士別駅の板張りホームが!しかも反対側だったので焦り、慌ててシャッ
 ターを切った。そんなことなら、帯広で先発の2549Dに乗れば良いのに、と言われそうだが、ここは初志貫徹。一旦座った席は終点まで離さないのだ。
 幕別で5分停車し、札幌行きの特急スーパーおおぞら10号と交換。発車までしばしホームを散策する。このノンビリ感が鈍行列車旅の醍醐味である。

 
   

  十勝川を渡る。トレッスル橋の鋼材の間から運良く撮影。   河川敷では牛さんが放牧されていた。いやぁ〜長閑な午後だなぁ〜   池田駅からワイン城と観覧車を望む。

 ふわぁ〜と、眠気が襲う午後のひと時。十勝川を渡り、池田には14時55分に着くが、ここは僅かに1分停車。以前、ここから“ちほく高原鉄道ふるさと
 銀河線”が分岐していたが、2006年4月21日で残念ながら廃止されてしまった。ちなみに、十勝牛ワイン漬けステーキ弁当(1050円)という有名な駅弁
 がある。ただし予約制のため、飛び入りで購入することは出来ないので注意しよう。こうして列車は早く太平洋を見たいという欲望とともに、東に向か
 うレールの上を走り続ける。

 
  

 十弗駅は字が似ているからと、10$駅として知られる。逆Sだけど。  運転席の後ろから失礼。あの運行表を確認するんですわ。  浦幌駅では帯広行き2526Dと列車交換。

 池田を出た列車は、昭栄信号場を過ぎて十弗駅に停まった。ここは19歳の夏、オートバイでツーリングした時、一晩お世話になった駅だ。懐かしい。
 ここでは朝寝坊してしまい、列車を待つ人の目線を苦笑いでかわしながら片付けたっけ。今では10ドル駅なんて軽薄なあだ名を付けられてるけど、
 古い木造駅舎で雰囲気の良い駅である。そして、オートバイで寄ったことのあった豊頃付近の“ハルニレの木”を探したが見つからなかった。後で
 調べたら、駅の裏手から2kmも先にあるようだった。そして浦幌では帯広行きの2526Dと列車交換で7分停車。相変わらずノンビリとしている。