2012/6/28 作成

霞ケ丘駅



生駒ケーブル 霞ケ丘駅  急斜面に階段状ホームがへばりついている

  

駅前はハイキングコースの案内板しか見当たらない   隣の梅屋敷には人家があるが、ここはすでに林の中    遊園地のソレよろしく、歴史ある鉄道としては複雑だ
    

   訪問日記   2010年5月4日 訪問

  大阪府と奈良県の県境に位置する標高642mの生駒山。山上には生駒山上遊園地が開設され、休日になると多くの行楽客で賑わうところ。ここまでは“生駒ケーブル”と呼ば
 れるケーブルカーが通じているが、正しくは「近畿日本鉄道・生駒鋼索線」という近鉄の鉄道路線だ。路線は“宝山寺線”と“山上線”の2つに別れ、途中駅の宝山寺で乗り換え
 が必要になる。このケーブル路線は、生駒山宝山寺(生駒聖天)へ参詣の便宜をはかる目的で、1918(大正7)年、日本で最初に開業した旅客ケーブルカーとして知られる。
 この霞ケ丘駅は山上線にあり、下方の梅屋敷とならび2つある中間駅のひとつだ。駅前は鬱蒼とした山林で人家はなく、藪の中にハイキングコースだけが通じているだけ。
 大都市近郊とはいえ通り一遍の無人地帯であるため、自販機やトイレはおろか駅舎すらなく、ケーブルカー特有の階段状のホームが急斜面にへばりついているに過ぎない。
 線路の反対側は生駒山上と宝山寺を結ぶハイキングコースのメインルートになっており時折、行楽客の姿を見る。上方の生駒山上は遊園地などの娯楽施設があり、下方は
 途中に梅屋敷駅がある。

 ところで踏切を渡る時には普通鉄道には無い注意事項がある。レールの間には滑車に支えられたワイヤーが存在するため、引っ掛けないよう注意して跨ごう。もし守らねば、
 ズボンの裾に真っ黒なグリスが付着し、以後終日に渡ってテンションが下がること請け合いだ。更に洗濯しても完全に落ちないという、短いズボンの生涯においても致命的な
 汚点を 残す。何を隠そう、私自身が坂本ケーブルで撮影に夢中になったうえで経験したことを付け加えたまでだが、賢明な読者においては心配にも及ぶまい。
 
 下らない戯言はさておき、本題へ戻ろう。ところで、なぜこのような場所に駅があるのか?これは下方の梅屋敷駅に列車が停まると、ワイヤーで繋がれたもう一方の列車もここ
 へ必然的に停まる。交走式ケーブルカーの特性については、比叡山の坂本ケーブル(もたて山駅)でも説明したが、「少しでもハイキング需要があるなら、駅を造ってしまえ」と
 いうこだろう。 なお、直行(生駒山上遊園地のナイター営業時やゴールデンウイークや土休日の多客時の臨時)はこの駅を通過してしまうので注意されたい。私みたいな人間界
 において類稀ともいえる秘境駅訪問者が、その他多勢の皆様へ“時間ロス”という迷惑をかけることは許されないのだ。もう一つ付け加えるなら、何でこんな山中の駅で降りるの
 か?という、要らぬ懐疑心を抱かせてもいけない。〜と、言わんばかりの設定なのである。然るに運行形態にも注意されたい。それでもケーブルは頻繁に運転されていて、20分
 に一度はやってくるうえ、歩いても大した距離ではないため心配には及ばないが。

 ここで私が訪問した時の模様をお伝えしよう。広島の自宅から所要があり、深夜に実家のある長野県へクルマを走らせていた。この霞ヶ丘駅は、ケーブルカーの駅のため、
 当初は訪問するつもりは無かったが、比叡山の坂本ケーブルの例に及び、ふと思いついたように訪問を決行した。高速のSAで仮眠した後、明け方に宝山寺駅へやって来た。
 駅に入るなり、あまりに奇抜なデザインをした車両のため、精神的にカメラを向ける行為が躊躇された。大正7年に開業した由緒ある路線のはずが、いつの日か山上の遊園
 地の僕(しもべ)に成り下がってしまったようで、残念な気分へと陥れられた。子供であれば喜ぶだろうし、親子連れなら一緒に画にもなろう。これは私の乗車理由が想定された
 利用形態からあまりにも逸脱したことに起因したまでだが。こうしてケーブル山上線に乗り、他の乗客の好奇な視線を全身いっぱいに浴びながら、何も無いこの駅に下車した。
 秘境駅訪問家として10年あまり。あまりに慣れすぎた故、半ば快感と化した部分もあるが、鉄道ファンのなかでも羞恥心を克服する上でハードルが高いジャンルであることは
 否めない。駅周囲の観察、撮影を一通り終え、梅屋敷駅へとハイキングコースを下って行く。途中の宗教団体の建物に慄きつつも、森林浴よろしく、歩き出せば健康的で実に
 気持ちの良い全身運動になった。