2008年5月31日 作成

 
 乗降できない!黒部峡谷鉄道の秘境駅   (欅平〜宇奈月)   2008年5月22日   黒部ルート見学会の帰途


  今回、富山県の立山側からアルペンルートに入り、黒部ダムから上部軌道を含む幻の黒部ルートを走破した私たちは、普段なら終点となる
 欅平駅から黒部峡谷鉄道のトロッコ列車への乗車を果たした。 その途中には秘境の温泉で知られる"黒薙"や"鐘釣"といった駅があることは、
 既に広く知られている。しかし、その他にダムや工事関係者のために作られた、一般客の乗降出来ない『知られざる秘境駅』が6駅も 存在して
 いるのだ。当然ながら私も一般人であるため、これらの駅で下車することは叶わなかったが、通過もしく は列車交換のための運転停車中に、
 ささやかながら観察のひと時を得たため、ここで紹介しよう。  
※一般者は乗降許可が出ません。徒歩での訪問も進入禁止で叶いません。非常に残念です…

 2008年5月22日 五月晴れの澄み切った空気の中と言いたいところだが、私たち黒部ルート見学会の参加者27名は薄暗い地下に集結していた。
 そしていよいよ見学会も終盤を迎え、黒部軌道の敷かれた巨大なエレベー ターへ乗り込み、欅平下部駅と着いた。ここからは、黒部峡谷鉄道と
 繋がる工事用トロッコ列車に乗車し、一旦スイッチバックでエレベーターの構内を出た後、そろりそろりと黒部峡谷鉄道の欅平駅へと到着した。
 久しぶりに見る太陽に照らされた新緑の艶やかさに思わず見とれてしまう。 ここで今回の公募見学会は解散となったが、これからは一般客の乗車
 できる黒部峡谷鉄道のトロッコ列車で宇奈月、そして富山地方鉄道で電鉄黒部へと向かい、若干の後ろ髪を引かれる思いに駆られつつ、山を降り
 ることになった。



 さて、黒部峡谷鉄道とは、黒部川に沿って走るトロッコ列車で有名だが、もともと電源開発のための専用鉄道で、現在でも沿線にあるダムや
 発電所へ資材運搬を行う列車も運行されている。そしてレールの幅は762mmの森林鉄道に多いナローゲージとなっており、急カーブが連続する
 複雑な地形を縫うように走っている。また、黒部峡谷は冬期の積雪が多く、雪崩による被害の危険性が高いことから冬期(12月〜5月初旬)に運休
 となり、一部 区間では、雪害から守るためレールや橋脚を取り外してトンネルの中に保管している。また、冬季など列車が 運行されない季節には、
 線路の脇にコンクリートのトンネルですっぽりと覆われた歩道があり、工事やダムの関係者はそこを歩いて仕事場へ向かうというから、その苦労は
 想像を絶するものであろう。



  オレンジ色の憎いやつ!、と言ったら年代がバレてしまうが、欅平を発車したトロッコ列車は、総勢13両もの車両を従え、そのオレンジに塗装され
 た2両の電気機関車に牽引され、山を降りてゆく。今回乗車した客車は、特別車両という、運賃の他に別途360円が必要な車両だが、屋根だけで
 窓の無い普通客車(追加料金不要)や、リラックス客車(520円)や、パノラマ客車(630円)などバラエティーに富んでいる。ガタガタと強い振動と
 騒音は、お世辞にも快適とは言えないが、それがトロッコ車両の醍醐味であるため、かえって快適でないほうが気分が盛り上がるというものだ。
 そして車窓は黒部川の壮大な風景に思わず声を漏らしてしまうほど素晴らしい! こうして欅平出発して最初に停車した駅は「小屋平」だ。ここは前
 途の説明の通り、残念ながら一般客は下車できない。もちろん周囲に人家など存在せず、小屋平ダムの鈍いコンクリ色が絶妙に自然へ溶け込んで
 いる。ダムの完成は昭和11年と古く、ここまでの年月を踏んで存在し続けると、風景の一部になってしまうものなのであろう。 狭いホームの反対側
 を列車が通過して行くと、再び発車して素彫りのトンネルへと突入して行く。



  次に現れたのは「鐘釣駅」。ここには秘湯を唱う旅館があり、売店のあるホームには人だかりが目立っていた。確かにロケーション的には秘境だが、
 ここまで人が多いと雰囲気的にも秘境駅とは言いにくい。そんなにケチをつける積りは無いのだが、それだけ他の途中駅が素晴らしい秘境駅である
 という裏返しなので、その辺りをご理解頂きたい。



  そして、次は「猫又駅」に停車する。ここには黒部川第二発電所があり、その関係者の専用駅になっていて、ぐるりと回りこむ急なカーブで反対側に
 向きを変えたレールは、黒部川を渡って発電所の中に吸い込まれていた。周囲にはそれらの施設とともに、この黒部峡谷鉄道の変電所なども存在す
 るため、誰一人かけなかったが、いささか人工物が多すぎるきらいがある。やはり目的無くして駅は造られないという、至極当たり前の結論に達した。
 当然、秘境駅などというモノを最初から造るワケが無く、周辺の状況や様々な歴史の中で、必然的かつ偶発的にこのような姿となったものを、勝手に
 "秘境駅"と呼び、それが我々の前に現しているだけに過ぎないのである。 いやいや、難しいことを考えてはいけない。素直に何でこんな所に駅が?
 という本能的な好奇心に従った方が、その旅は幸せになるというものだ。



  こうして列車はトンネルが連続する急勾配を下って行き、対岸にそそり立つ、「出し六峰」という急峻な岩山を見る。これは峰が6つあるところから名
 付けられた急峻な連山で、中国の桂林をミニチュアにしたような風景だ。そして列車は「出平駅」に停車した。ここでは最後尾に貨車を従えたトロッコ
 列車と交換。周囲は鬱蒼とした森林だが、比較的広い駅構内には側線が並び、数両の貨車が留まっている。そして黒部川には比較的規模の大きい
 「出平ダム」が姿を現した。まるで3本の滑り台がお互いに高い擁壁で区切られ、独特な立体感を醸し出していて印象的な構造だった。



 次に現れたのは「笹平駅」だ。周囲には目立った施設もないが、ホームには大きなトイレが設けられて おり、対向列車の状況で停車時間が長い場
 合にのみ下車して利用できるようだ。生憎、我々の乗った列車は僅かな停車時間しかなく、下車することは叶わなかった。ここは同線にある他の駅
 と比較すると、最も秘境感が高いうえに、雰囲気も素晴らしく、非常にハイレベルな秘境駅の発見に興奮を隠し切れない。やはりいつの日か、ホー
 ムに立てることを願いながら、列車はトンネルの中に吸い込まれて行った。



 その次に現れたのは一般客も下車できる「黒薙駅」だ。ここも秘湯で有名な旅館のある駅で、大きくカーブしたホームは急峻な立地の谷側にへばり
 付くように造られ、地形的には文句の付けようの無いロケーションである。しかしながら、そのホームは多くの観光客で溢れ、売店も営業中であった。
 やはり私は秘境駅訪問家だ。残念ながら、こちらの駅も「鐘釣駅」と同様、評価を下すことに異論を覚えてしまうのであった。



 私たちを乗せた列車はなお、黒部川の鮮やかな新緑の中を、ガタガタと音を立てながらゆっくりと下る。そして「もりいしばし」の標柱の鉄橋を渡り
 終えると「森石駅」に着く。この駅も笹平駅と同様に周囲に何も見当たらず、一見すると側線のある広い構内だが、長い編成をなした列車は有効長が
 足りないため、交換線はトンネル内にまで及ぶ。 ここも非常に気なるハイレベルの秘境駅だ。こちらも笹平と共に頭の中にチェックインされたことは、
 言うまでも無い。



 そして、トンネルを抜けると赤い帽子と前垂れをした仏石を発見!車窓からは遠く、連続するトンネルの合間に、一瞬見えるだけなので見逃してしま
 いそうだ。これは天然の岩の形が石仏の立っている姿に似ていることからその名がついたようだ。こうして終着の宇奈月の手前にある「柳橋駅」に
 停車した。ここは出平ダムから取水された水流を源とする新柳河原発電所があり、それら関係者の人々が利用する専用駅になっている。その発電所
 はヨーロッパの古城を模して造られており、一種独特な雰囲気を周囲に放っていた。そして側線がその古城に吸い込まれており、一体内部はどのよう
 になっているのか?という、一抹の疑問が好奇心をくすぐるのであった。やがて、対向列車がやって来て、いそいそと発車することになる。



  黒部峡谷鉄道は単線としては完全に過密ダイヤで、列車交換の出来ない黒薙駅を除き、ほとんどの途中駅で対向列車と交換を行っている。
 それでは複線にすれば〜 なんて甘いことを抜かしてはいけない。単線でしかも森林鉄道のナローローゲージ を敷くことさえ命懸けの秘境なのだ。
 そもそも私たち一般客を乗せるために造られた鉄道ではなく、危険を伴う場所のため、いわば招かざる存在に当たるのかも知れない。しかし、今日
 では、こうして電力需要だけでなく、観光資源 としても活用されており、いわゆる私のような秘境駅を目指す者にとっても、重要な路線にもなっている
 のだ。 また要らんことを考えながら、今まで連続してきた興奮に少々疲労を覚え、暫しぼんやり乗っていると、列車は 終点の宇奈月駅へ到着した。



 ホームにはDES型という可愛らしい凸型の電気機関車が出迎える。現在では13号のみが動いており、主に宇奈月駅の入れ替えで使っているそうだ。
 そして折り返して、森石か笹平へ訪問できないか密かに企んでいたが、駅の出札口には「一般客は黒薙、鐘釣、欅平のみ下車できます」の表示と共
 に、「本日の列車は終了しました」の無念の字幕が・・・やはり、ここは仕切り直しであろう。秘境探検の長い一日は既に夕刻となり、体は疲労で悲鳴を
 上げている。しかし、秘境と聞くと半ば条件反射的に体が疼いてしまう私は、いささか世間ズレしていることは否めない。この病は当分治りそうに無い
 ので、僭越ながら読者の皆さんへ、幾ばくかのご理解を賜りたいと思う今日この頃である。 (おわり)