2012/11/3 作成
最北の秘境駅をめぐる旅 Vol.6
6日目(2012年10月10日)
早朝、伊達紋別のビジネスホテルを出発。いよいよ最終日、名残惜しいが広島へ帰らなければならない。今回、最後に訪問する“小幌駅”は、
野田生まで有効の“札幌・道北ゾーンきっぷ”のかえり券を使い、途中下車というかたちで訪れた。ここは人家皆無の無人地帯で、外界から
通じる車道はおろか歩道さえも存在しないという、究極の秘境駅だ。いわずと知れた秘境駅ランキングの最高峰である。新礼文華トンネルを
抜けると、直ぐに次の幌内トンネルが口を開けており、ともすれば見落としてしまいそうな短いホームが寄り添っている。こうして7:14着の朝
一番の列車で到着。出発は9:24で、都合2時間10分の滞在をめいっぱい楽しむことにした。これ幸いというのも可笑しいが、平日の早朝とい
うこともあってか、終始私一人だったことを付け加えておこう。
まず駅の全景を簡単な所から撮影し、以前お話を伺ったことのある仙人の小屋へ行ってみた。彼は2006年に栄養失調で倒れ、この地から
ヘリコプターで救出されるも、残念ながら翌年明けに亡くなったという。主を失った小屋は後に取り壊され、廃材の山になっていた。行き掛か
り上、そのまま右側の浜へ行くことにした。途中、地元の方が設置されたと思われるロープや梯子を使って海岸へ降りてみる。そこはゴツゴ
ツした岩浜で、浸食によって形成された立岩がそびえていた。以前訪れた中央に位置する隣の“文太郎浜”へは、絶壁に阻まれて到達でき
ない。降りてきた道を登っていったん駅へ戻った。
次はここに来たら“必ず撮影したかった場所”へ行く。当初、絶望的に思えた厳しいブッシュをかき分けながら、トンネルポータルの上へよう
やく到達。写真集「秘境駅」の表紙に採用された、共著のフォトライター栗原景氏によって撮影されたものと同じカットだ。2008年7月の発売
以来、4年越しの念願が叶って感慨ひとしお。幾度となく襲う“熊笹のビンタ”にもめげずに到達した甲斐があった。さらに撮影を終えて戻ろう
としたところ、朝日の強烈な逆光が襲い、間一髪セーフ!胸をなでおろしたのは言うまでもない。さて、残りは1時間しかない。どうしようかと
悩み、迷ったが、思い切って洞窟のある岩屋観音まで行ってみることにした。
歩道はアップダウンの激しいハイキングコースといった感じ。たっぷり時間があれば楽しめるが、眼下に船着き場を確認したところで残り
45分。戻ろうかと迷ったが、意を決して先へ進んだ。仮に予定の列車に間に合わないと、一日一便しかない広島行きの直行便を逃すだけ
でなく、マイレージも無効になってしまう。さらに羽田経由で膨大な出費になることも覚悟の上だ。気分はまさに“小幌心中”である。こうな
ると体力を消耗するが、半ば小走りにならざるを得ず、息を弾ませながらたどり着いた。洞窟は1666年、僧円空が居住しながら木像を彫り、
安置したことで知られる。何でも修行中に羆に襲われ、仏像の後ろに隠れて難を逃れたところ、仏像の首が食いちぎられたという恐ろしい
伝説がある。長らく“首なし観音”と呼ばれたが、1894年泉藤兵衛によって首が修復されたという。薄暗い洞窟に恐る恐る入るが、中でス
トロボを発光させればバチが当たるか、何かにとり憑かれるような気がして、手早く高感度撮影を済ませた。ちなに、写真の青い建物は人
家ではなく、観音像を祀り祭礼を催すための詰所である。
急ぎ、駅へ戻る。沢の水をすすると頭の中で号砲が鳴った。もちろん大荷物は駅にデポしてあり、カメラだけの軽装だから心も軽い。それ
でも日頃からエレベーターばかり使っている自分を恨み、息を切らせながら駅にたどり着く。頑張った甲斐あって発車時間まで7分ほど余
裕が出来たものの、防水ケースの中にあった駅ノートには、わずかな行しか書けなかった。迎えの列車に無事乗車できて心底ほっとする。
伊達紋別からの特急“スーパー北斗3号”に乗車、そして南千歳で快速エアポート112号で新千歳空港に着き、荷物を預けてチェックイン。
13:20頃に離陸して機内では終始爆睡。少し遅れて15:30ごろ広島空港へ着陸した。
こうして足掛け5泊6日に渡った“最北の秘境駅をめぐる旅”が終了した。10月の北海道は観光客も一段落し、これから来る冬を迎えて緑
も最後の力を振り絞るかのように美しく、終始落ち着いた風情を見せた。天候も2日目の朝まで雨天だったが、その後は晴天に恵まれ、
実にラッキーな旅程を過ごすことができたと回想。宗谷本線の板張り駅、留萌本線の古い木造駅舎、石勝線の絶景駅、そして最後の小
幌など、いずれも深い思い出とともに鮮明な画像を得られたことは大きな収穫となった。
それでも贅沢をいえば最後の小幌は、自身5回目の訪問であっても、未だ物足りないでいる。とある情報によれば、相当の迂回になるが
国道へ脱出できるルートがあるという。もちろん、整備された歩道ではないことは確かだ。実行するには遭難のリスクを避けるため、詳細
な地図、方位磁石、GPS(スマホ)、非常食などの携行、そして踏破したとする先人のルートが可能か否かを検証するなど、あらゆる準備
が必要となろう。次回訪れた時には最低でも半日以上、もしくはテント泊も考えている。どうやら私の旅と冒険は、終わりそうにない。
(おわり)